大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和48年(レ)93号 判決 1975年12月19日

控訴人

金子留吉

右訴訟代理人

森田洲右

被控訴人

右代表者

稲葉修

右指定代理人

宮北登

外七名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき昭和二三年三月二日時効取得を登記原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)およびその西側に隣接する川崎市高津区野川字南耕地二二九九番一の土地(以下甲地という。)を訴外安斉信勝から賃借して小作していたところ、これらの農地が旧自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称する。)により被控訴人に強制買収されたうえ、右両地のうち甲地のみが昭和二三年三月二日控訴人に売渡されたこと、控訴人が同日以降も引き続き本件土地を耕作していること、本件土地の所有名義人が不動産登記簿上被控訴人となつていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は時効によつて本件土地の所有権を取得したと主張する。ところで、控訴人は昭和二三年三月二日以前においては本件土地を賃借地として占有していたのであるから、右占有の性質が他主占有であつたことは明らかである。そこで、昭和二三年三月二日以降において控訴人の右他主占有が自主占有に変更されたか否かの点につき先ず検討する。

<証拠>を総合すると次の各事実が認められる。

1  控訴人は、昭和一八年ころから、訴外安斉信勝外数名から農地を賃借し、小作人として農業を営んできたものであり、その小作地のうち、本件土地、甲地および中里清二から借りていた川崎市高津区野川字南耕地二三〇〇番の二の土地(以下乙地という。)は順次東西に接して連なつており、それぞれその面積は、二四七平方メートル(約二畝一五歩)、七一〇平方メートル(約七畝五歩)、六六平方メートル(二〇歩)であり、甲地と乙地の境界には、甲地内に幅約一メートルないし二メートルの溝(その面積一畝一三歩)があつたが、甲地と本件土地との間にはその境界を明示するものはなかつた。

2  右三筆を含む土地一筆は、昔から通称「十三墓台」と呼ばれており、控訴人は、当時耕作していた数筆の小作地のうち右三筆の土地(但し乙地は当時耕作には使用していなかつた。)を「十三墓台の土地」と指称し、右安斉からは約七畝ということで借りていた。戦後自創法により控訴人は数筆の小作地を国から売渡を受け、「十三墓台の土地」については、甲地および乙地につき売渡通知書の交付を受けたが、控訴人は安斉から借りている甲地および本件土地の正確な地番、面積を知つておらず、また甲地と本件土地が別筆になつていることも知らなかつたので、本件土地は甲地の一部であり、甲地、乙地の売渡通知があつたことから「十三墓台の土地」はすべて売渡を受けたものと誤信していた。

3  一方、本件土地の所有者となつた被控訴人国は、本件土地の管理については神奈川県知事に機関委任し、実際上は川崎市高津区の農業委員会がその管理事務を行うことになつていたが、自創法により買収した際、同農業委員会が作成すべき整理簿には、本件土地についてはなんら記載がされなかつたことから、国有財産台帳にも登載されず、また買収した土地を旧小作人に売渡さなかつた場合になすべき貸付通知書の交付等の貸付手続も本件土地については現在に至るまでなされておらず、本件土地についての被控訴人の管理としては、昭和二九年七月一二日付で自作農創設特別措置登記令に基づく特例的な登記手続(俗に欄外登記といわれる。)により登記をなしたのみで昭和四八年に国有財産台帳に登載するまで、地代の取立はもちろんなんらの管理行為もなさず、控訴人の本件土地の耕作に対して異議も述べなかつた。控訴人としても本件土地が自創法一二条二項の規定により、国から貸借することになつたという認識はなく、その後国からも小作料の請求がなかつたことから、本件土地が当然自己の所有となつたものとして耕作を続けてきたが、昭和四六年一〇月頃に至つて始めて国有地であることを知つた。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

思うに、他主占有から自主占有への変更の要件として民法一八五条に定める新権原とは、本件に即していえば、本来本件土地自体について売買等により新たに取得する権原を指すものと考えられるが、前認定のとおり、昭和二三年三月二日以降控訴人が自創法により売渡を受けた甲地の一部と誤信して本件土地を占有耕作し、それに対し他からなんらの抗議も受けず地代も支払わなかつたという本件の場合においても同条にいう新権原により所有の意思をもつて占有を始めた場合に含まれるものと解するのが相当である。けだし、占有の性質の変更につき民法一八五条所定の要件を定めたのは、所有者に占有の性質の変更を知る機会を与えることにより、時効中断の措置を採ることを可能ならしめるなど所有者の利益を保護する趣旨であると解せられるが、本件において所有者たる被控訴人が貸付通知書を交付し地代の取立をするなど通常の管理を怠らなかつたならば時効の中断をなしえたであろうと考えられ、時効の中断をなしえなかつたのはもつぱら被控訴人の本件土地に対する管理の怠慢に起因するものというべきであり、また前記のように売渡を受けた隣接の甲地の一部と誤信して他から何らの抗議も受けることなく本件土地を占有耕作し、地代も支払わなかつた事実のうちに控訴人の本件土地に対する所有の意思が客観化されていると認められるから、たとい実際は本件土地自体については新権原を取得せず、単に隣接の甲地につき取得した新権原が本件土地にも及ぶものと誤信したにすぎない本件のような場合にも、新権原により所有の意思をもつて占有を始めたものと解して何ら支障はないと考えられるからである。

三叙上のとおり、控訴人は昭和二三年三月二日以降引続き所有の意思をもつて平穏公然に本件土地を占有し、かつその占有の始め善意であつたと認められるので、次に控訴人が占有の始め無過失であつたか否かの点につき検討する。本件のように自創法に基づく売渡処分によつて新権原を取得する場合において右売渡処分の対象とされる農地の所在、範囲等に不明な点があるときは、その点につき関係農地委員会等に問い合わせるなどして調査、確認すべき注意義務があると解するのが条理上相当である。しかるに、控訴人は、甲地の売渡処分を受けた際に右売渡処分の対象たる農地の所在範囲につき前記調査確認をせず、単にそれが通称「十三墓台の土地」に属するということから、甲地と共に従前より賃借していた本件土地も売渡を受けた甲地の範囲に含まれるものと即断し、右売渡処分によつて本件土地も自己の所有に帰したと誤信したのであるから、そのように誤信した点に過失があつたといわなければならない。従つて、控訴人は一〇年の占有継続によつては本件土地の所有権を時効取得せず、昭和二三年三月二日より二〇年を経過した昭和四三年三月二日時効により本件土地の所有権を取得したものというべきである。

以上の事実によれば、被控訴人は控訴人に対し、昭和二三年三月二日時効取得を登記原因として本件土地につき所有権移転登記手続をする義務がある。

四よつて、控訴人の本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるからこれを取消すこととし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(加藤広国 山田忠治 戸館正憲)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例